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クリスマスレターを書く
やっと、重い腰を上げてクリスマスレターを書きました。

去年も海外に出来たお友達に手作りでクリスマスカードを書いて封書に入れ送ったのですが、今年はカードは既製品だけれど、クリスマスレターを書こうと決めていました。

それというのも、去年ドイツの友人からいただいたクリスマスレターに感動したからです。
彼女がたまたま去年だけその様なものを書いたのか、それとも毎年この時期にクリスマスレターを書いてるのかは謎ですが。
私にとっては、クリスマスレターその物自体がとても新鮮でした。
レターには1年を振り返って、過ぎた出来事の事や、思っていたことをびっしりと書いてありました。
彼女の1年の自分史みたいなものです。
日本だと大晦日に「1年を振り返ってみました」的な文章をよく書きますし、見かけますが、それと似たような手紙をクリスマスシーズンに贈るんですね。とてもロマンチックです。

それで、私も今年は絶対に書こうと心に決めていました。
先週中に素敵なカードも住所録もそろえたので、後はクリスマスレターを書くだけでした。

英文で。。。
これが、ハードル高し。

でも、今日書き始めたら、一気に書きたい事がまとまって、後はグラマー的な推敲やら、言葉遣いに悩みながら時間をかけて仕上げ添削に出しました。
今回は普段の宿題とは目的が違うので、言い回しなど沢山改善されましたが、言いたい事そのままに残してありながらも、とても綺麗にまとめられていて、素敵なレターが出来ました。

これを受け取った人はどんな気持ちで読んでくれるのかしら?
喜んでくれるといいな。

でもなんといっても、書きながら友達の事や、今年自分に起きた事をゆっくり振り返れたのが、すごくよかった。
年末よりずっと早い時期に書くので、落ち着いて書けます。
これから毎年、このように書いて行きたいな、と心底思ったのでした。

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【2011/11/28 00:05】 | 英語に関する雑記 | コメント(0) | page top↑| 編集
カンマとピリオドの後のスペース
英文における , . に続くスペースの是非についての考察.

最近、英語学習者が書いた英語のブログを読む機会が増えた。
そこで気になることがある。

それは、カンマやピリオドの後に1文字分のスペースがない文が多いことなのであーる。

これを見る(読む?)につけ、なんだかカクンと力が抜けて、非常に落ち着かない。
腹の底に、グワッ~と変なしこりが生まれる感じで、読んでいてとてもアンカンファタブルなのだ。
I (アイ)が小文字で書かれているのも、カクンな感じ。(まぁそれは最近少し慣れたが)

そこで昨日のJulieのレッスンで聞いてみたのであーる。
Julie曰く、それは間違いであーる。もしテストでそのような書き方をしたのなら、減点の対象になるのだとか。
正しい説明を受けたその先、さて私は学習仲間にそれを知らせるべきなのかどうか・・・
小さな親切、大きなお世話(死語(爆))になってしまうのだろうか。
これはあくまでも、私が快適に読みたいというわがままな発想から来てはいるのだが。
別に声高に「あんた間違ってるよ」という気はサラサラない。


この件に付随して話した事が、改行の後に2単語文のスペースをとる事に関して。Julieは、「私の年代は、そのように習ったので、タイピングをしていると無意識にそのようなスタイルで書いてしまうので、そうならないように気をつけている。今時は、このスタイルで書くのは嫌われる。」と。

どの言語も時代と共にどんどん変化するものだし、新しい表現を取り入れて行くことは、コミュニケートの断絶を防ぐには必要だし、それ自体はそんなに難しいことではないと思う。が、しかし、自分のベースとなるものを変えるのはとても難しい。馴染まないものは、いつになっても馴染まない。でも、それが表現力の個性化なのかとも思う。

各個人が快適に感じる言語環境の絶対値となるものが存在しているのだろう、と考える次第。

私の絶対値には、punctuation mark の後にはスペースが絶対に必要なのであーる。(笑)
後は、某言語の音も好きになれない(爆)これは主題とは関係ないが・・・

そんなことをツラツラ考えていたら、良い説明サイトを見つけた。
ゼロから始める句読点

間違った癖をつける前に、タイピングの時に無意識にスペースを空ける動作を是非身につけて欲しいと、友達には願うばかりであーる。




【2011/11/16 13:53】 | 英語に関する雑記 | コメント(0) | page top↑| 編集
Rabbit, rabbit, rabbit!
今日は11月1日、新しい月の始まり。

良いスタートを切れましたでしょうか。


もういつだったかは思い出せないぐらい前の話なのだけれど、あるブロッガーの方が書かれていた英語のおまじないの話をば。


月の初めの日の朝一番に、「ラビット!ラビット!ラビット!」と3回唱えるとその月はいい事があるというおまじないのこと。
たまたま読んだその文を覚えていて、それからほぼずっと、毎月おまじないを唱えていました。
朝起きてすぐと言っても誰かと話す前ならOKということで、うっかり屋の私でもなんとなく続けてこれて、すっかり癖になっていました。
ただ、書かれていたブロッガーの人も、英語の先生から聞いたというだけれで、信憑性はないというか、半信半疑(爆)
でもなんとなく、ウサギが不思議の国のアリスを連想させるので、私はいっぺんでこのおまじないが好きになり、お気に入りのおまじないになっていました。

先ほど、英語のレッスンを受けたときに、始めのスモールトークで先生が「月の初めのなんたらかんたら・・・」とおっしゃったので、ふとこのおまじないの事を思い出し、話してみました。
先生は聞いたことはないと言いながらも、面白がってすぐに調べてくれました。

そうすると、何とそれに関しての記述があるではありませんか!

Wikipedia

ずーーーーと、半信半疑でいたけれど、おまじない自体は、ちゃんとあったようです。わぁ~い♪

もう1年以上これを続けていたけれど、2月は2回にしないと駄目だったらしい(泣)うむむ、残念。


どっちにしろ、そうと解れば、これからは安心して(?)気合を入れて、おまじないを唱える事にしましょう~。


なんだか面白かったので、つい書いてみました。

今月もみんなに、いい事が星の数ほど降りそそぎますように!

【2011/11/01 21:10】 | 英語に関する雑記 | コメント(2) | page top↑| 編集
英会話に不安あり
8月いっぱいで英語学校に行くのが終わって、以前から持ち越していた引っ越し作業を始めてあっという間に1週間以上経ってしまった。日が経つのはホントに早い。

さて、その間に英語に触れたのはELEのレッスンのみという情けなさ。
それはまぁ~しかたがないといえばそうなのだけれど、最近大きな不安が芽生えてきた。
オンラインレッスンを受けているときに簡単な英語が出てこなくなったこと。
スコーーーンと単語が抜け落ちてしまう。

学校に行っていたときは毎日課題の音読をしていたおかげだと思うのだが、いつ覚えたこの単語?というくらいスルスル出ていた。それで実力が付いてきたような気になっていたのだけれど、音読をほとんどしなくなって1ヶ月ぐらいたつとだんだん英語がでなくなってきて、退化まっしぐらと不安が募る。
こんなんで、12月の旅行に行くのはさらに不安の追い打ちをかける。
時々まったく英語理解出来ずに途方に暮れている自分のイメージにおびやかされるのよ。
困った。

引っ越し騒動もさっさとケリをつけてまたしっかりと腰を据えて英語に取り組まないといかんなぁ~とおもう。

残り2ヶ月半で驚異的に会話力を上げる方法がないものだろうか?
それは真剣にやる気をだして、コツコツと大量の音読をするのがベストなんだとおもう。

まずは音読体質を取り戻そう!
ううう、がんばる!
【2011/09/17 19:02】 | 英語に関する雑記 | コメント(0) | page top↑| 編集
地震後の初めての英語学校。
今月の9日に学校に行った後の地震で、次の週の15日16日は自発的に休みました。そして昨日は、気合を入れて家を出て、駅の近くで、suicaを忘れたのに気づくも、まぁ~新しいのを買えばいいかと。駅に近づくも、なんだか妙に静かだ。私が乗るべき電車の放送がガンガン聞こえてきてもいいはづなのだが。

駅に着いて分かった、私の乗る電車動いてない!

後続の電車に乗り、乗り継ぎを調べながら行けることは行けるのだが、さすがにそれだとかなりの遅刻になる。suikaも忘れているし・・・。やっぱりこれは乗るべきではないという天の声かも?見たいな気になってしまって、結局行くのを取りやめた。行かないことのほうがベストに感じたので。

さて、もう一度新たに気合を入れ直し、きょうは乗り継ぎの電車も調べ、いつもより早くに家をでて無事学校につきました。
あのような状況でも6名の生徒が出席されたそうで、やっぱりこの学校の先生、生徒の真剣さ具合が伝わります。
今週はまだまだ休んでる人もいて、空席は目立ちましたが、ほぼ普通どおりの授業でした。

そして、重い尻を叩きながら行ったにしては行ってみれば、すっかり気分が晴れやかになっていました。
この学校の凄いところがこれなんですよね。
とにかく、気持ちが前向きになります。

しばらくは便利な電車は運休のようだけれど、それでもがんばって通おうと、再度強く思いました。

さて電車のほうはそんなにひどい混雑はなく、もちろん満員ですが、ぎゅーぎゅー詰めでなくって助かりました。
節電のため空調が切られていて、行きは日中だから、返って快適だったのですが、夜は寒くってちょっと悲しかった。

次回はあまり薄着にならないようにします。

とまぁ~、なんの意味もないことをダラダラと書いてみました。

皆さんは、お変わりないですか?

【2011/03/23 21:17】 | 英語に関する雑記 | コメント(0) | page top↑| 編集
英語音読の気づき
ご存知の方には当たり前なのだが、私が受けているE.L.Eの先生はレッスン後に速攻で全レッスンの録音ファイルを送ってくれる。もちろんきちんとフォルダーに入れて保管しているのだけれど、今まで聞きなおしをしたことは数回しかない。

知っているんです、自分が実にひどい英語を話してるのを。
ところがそうは言っても、自分への甘えもありますので、しばらく聞いていないと、変に自我自賛してしまうというのは大いにありえる訳です。

先日、1年以上一緒にグループレッスンを受けてる方が「久しぶりに自分の英文をチェックしてみた」とレッスン後のおしゃべりの時に言ったので、私も最近ちょっといい気になっていたので聞いてみた。


ご想像のとおりです!


3日ほど具合悪くなりました。


一瞬、もう英語やめたほうがいいんじゃね?アンタ。

いや、ほんとに心のそこから思いました。
何年もやっていてもこの程度なのかと。

英語を始めた頃、おおよそ7年前、に受けていたグループレッスンがプレインターメディエイトまで行ったのだけれど、そのときのクラスメイトの皆さんだってもっとましな英語をはなしていたわ!と挫折感の大波がドドンとやってきました。
こういう気持ちにならないためにも自分の音声を聞かなかった、というのが大きな理由。


しばらく落ち込んでいたけれど、自己回復の為に一生懸命よい音声を録音しようとがんばりました。
そこで気がついたことがあったのでメモ的に。

いままで「本読み」のときはなるべく「リズム」を重視して、いかにもスラスラと読んでる風に見せかけようかとおもって読んでいました。
しかるに、自分で聞きなおしてみると、それが実に聞き苦しいと、いまさらながらですが、気がつきました。

どういうことなのか。
早く読もうとしている時に、知らない単語に出会うと、同じ単語をあせって何回も読み返してしまいます。
しっかり頭にスペルとか入れないで読み出すので、言いかえを何回もしてしまうのです。
それが、とてつもなく聞きぐるしいとわかったのです。
同じ文を、知らない単語の前で、いったん止まって、少し間が開いても、その後にキチンと素早く読みあげたほうが非常に聞きやすいことを発見しました。

読んでる本人は、こんなに間が空いては不自然だろうなぁ~と思ってしまうのですが、聞き返してみると全然そんことはなく、間が空いた後に、スッスーと繋がったセンテンスが出てくるほうが聞きやすいのです。
それと、そう言う読み方は、セカセカとしたあわただしい、がさつな印象を与えないと気がつきました。

もちろん、これはわたしのようなレベルの人に関してということで、レベルの高い人が素早く綺麗によむのとはまったく立場が違います。
流暢でない英語話者は如何に聞きやすく話すかが最大の課題であり、流暢に話すのは次のステップなのだと思いました。正確にゆっくり、はっきり、話すように心がけながら、流暢さとスピードアップを目指すということ。

押さえどころを間違わずに、緩急両方でがんばります。

あ、最後に、私の全てのクラスメートに、感謝します!

いつも私のひどい英語に悩まされているはずなのに、気持ちよく、笑顔で付き合ってくれて本当にありがとう~~~!
感謝、感謝、そして感謝です!
【2011/02/25 15:14】 | 英語に関する雑記 | コメント(0) | page top↑| 編集
感覚を言語として記憶する
今日コチラのサイト を読んでいて、文中に出てきた本にひどく引かれ、アマゾンで中なか味拝見で読んでみました。
これは非常に面白い視点からの言語のスキルアップ本です。

ソムリエが何故それほどまでに、感覚を表現する技術は必要なのかが解ると共に、その膨大な量のワインの特徴を記憶しておくために駆使する言葉の数と習得。
いかにそれを訓練で鍛え上げるのか。

そういう事が書かれた本のようです。

このさわりを読んで感じたのが、私の自分が得た感覚を表現したくても的確な言葉を見つけられなくて表現できないことを訓練で得られるのだと言うこと。

そして普段自分が感じたことを言語で記憶するということをしていないこと。
これは表現できないから、言葉で記憶していないということ。
もし的確な言葉で自分の五感に訴えたものを表現できれば、そこにはコミュニケーションさえも簡単になるし、感覚を言語で共有できるようになる。

この本は是非全部読んでみたいと思う。
今私は、自分の英語の表現力を上げるために放置してあった英語のブログをまた書こうと刺激を貰った。
この年末に都合よく来年の目標を見つけられたのは決して偶然ではないと思う。

これから、日々自分が五感で感じることを表現して行こう、それには感じる心も常に研ぎすませていなければならないということなんだよね。


【2010/12/30 01:36】 | 英語に関する雑記 | コメント(2) | page top↑| 編集
English Party
いまオンラインレッスンのメインはE.L.E.なのだけれど、ここでは1ヶ月に1回Freeでおしゃべりができるの。
これはE.L.E.の English Placement Testというのを受けると誰でも参加できるのだけれど、私は先月大慌てでテストを受けて、どうにかこうにか参加できたという経緯があったのよね。
今月も誘われて、参加しました。誘っていただくと素直に嬉しいし。

そして実感したのが、やっぱり話せない、聴けない!の2重苦でした。
参加者は日本以外の人というのあって、やはり根本的に言語体系が違うんじゃないだろうかとしみじみ思ったのでした。冗談とかいわれてもほとんど理解できないし・・・
参加者とは夏の旅行で一緒だったので気ごろはしれているのだけれど、それにしてもこの聞き取り能力の低さにはガックシ!(泣)
ちょっといい気になっていたので、いいカンフル剤になりました。

ああ、どうしたらすっきりと英語が聞き取れるようになるのでしょうか。。。


と嘆いても、何も変わらないので、とにかく訓練あるのみだわ。
そこにフォーカスしてやるっきゃないのよね。

そうそう、English Placement Test の結果をこんなのでいただきました♪
いかにもってかんじでしょ。
awarded.jpg

レベルといえばまだ下から数えたほうが早いけれど、それでもなんだか嬉しいよ。
来年はもうひとつ上のレベルを取るから、待っててねぇ。

【2010/11/07 22:20】 | 英語に関する雑記 | コメント(0) | page top↑| 編集
English Placement Test
English Placement Test というテスト今日1日受けていました。

このテストは以前にアメリカで一緒だったドイツ人の人から進められて受ける決心をしてから、早くも1ヶ月が経っていました(愕)
サクセスダイアリーの先月の2日に申し込んだ事が書いてあり、めちゃくちゃビックリしましたよ。
しばらく前からドイツ人の友人からお尻をたたかれていて、つい先日「木曜日にやります!」と大口をたたいたにもかかわらず土曜日の今日までやっていないというていたらく。
それが今日その友人から再び叱咤激励のメールを貰い、とうとうやることにしました。
そのテストを受けないと、アメリカで一緒だった人たちとおしゃべりできないからなのでした。

始めたのが午後4時半ごろ。
最初はかなり慎重にやっていたのだが、かなりの問題をこなしてへろへろになって送信を押してから気がついた。
これって、まだ5つのうちの1パートなんだと。
気合で2パートを終えた段階でもう「頭パンク状態」。
その時点でもう3時間ぐらい過ぎていました。
それでも持ち時間がだんだん少なくなるので、がんばって3パートまでやりました。
ここで、いったん少しだけ長めの休憩をとって、食事の用意をする間も惜しいので、簡単なサンドイッチを作り、ばななと牛乳で夕食を済ませまた再開。
それが20:50ごろ。
パート4を開けてみたら、長文のrewrite問題でした。
タイピングが遅いと致命傷ですね。でも頭はあまり使わなくてもよかったので、なんとかすすむ。
そんなかんじで終えたのタイムリミットまで残り30分ぐらいでした。
そしてパート5を開いたら・・・。
まぁ~、なんとか時間内に終わったのでした!

6時間以上をこれだけ集中してやったのって始めてかも。
そんあハードなテストを最後まで出来たのもその友人のお蔭です。
何回もメールで励ましてくれ、最後は「失敗を恐れるな」と。私が時間内に終わらないと言ったので、間違えて当たり前だから。だから勉強してるのだからと。またこのテストを受けた時に成長してるのが分かるからと。
そう、今回は彼女がいなければ、最後まで試験をやれたかどうか、分かりません。
持つべきものは、こういう友達だよね。ホントに感謝しています。

その後、ミーティングが終わってから、一人の人がそのテストを受けてからもう2年も経つので、また受けると言ったのです。わざわざそんな辛い思いをしなくてもよいのに挑戦すると。そうしたら、残りの人もみんな受ける言い出したのです。

なんてすばらしい、意識の持ち主たちでしょう~

私といえば、さすがにこれだけのテストを受けたあとだけに自分の中に、ちょっとした自信が生まれました。
充実感でいっぱいです。

すばらしい友人達に「乾杯」です!

【2010/10/03 03:02】 | 英語に関する雑記 | コメント(4) | page top↑| 編集
[白黒をつけない議論」についての考察

■古賀 洋吉さんのtweetより

「サンデル先生の授業をちょっとオンラインでみたけど、HBSのディスカッションもだいだいああいう感じ。でもあのディスカッション形式は日本人には理解されないことも多そう。正解がない議論にも慣れていないし、対比から始める議論も「世の中は白黒で議論できない」とか捕らえてしまう人が多そう。
極論の対比から議論を開始する理由は、物事の白黒をつけるためじゃない。全体の地図を描き切って、中間地点の解が全体のどの座標に位置しているか見るため。中間地点から議論を始めると、その意見が全体の座標上のどの位置にあり、なぜそこにあるのかもぼやけてしまう。」


引用ここまで



■私の考えの記録
この方の話の内容はいつも唸らされる。
どうしたらこういう難しくない表現で、明確に的確に、あいまいなモヤモヤしたことを説明できるのだろうか。
感服します。
常々ディスカッションをするときに、なぜわざわざ考えてもいない反対意見を述べる必要があるのかと思っていました。
今まさにここに答えを見つけました。

日本ではあえて言う必要のない反対意見を言うということはよほどの事がない限り、あまりない。
反対意見を言う時は、極端に言えば、反対する考えがある時や、必要がある時だけである。
だから多くの人は、反対意見を出されると、無意識のうちに警戒をしてしまい、反対意見の真意をくみ取る努力をあまりせず、反対の意見に負けないように「議論する」という形になってしまう傾向がある。私を含めて、議論とは「言葉の喧嘩」という潜在意識があるように見受けられる。意見の交換という様子とはかけ離れているようにも見える。
だから「反対意見」が出た段階で、穏やかなムードが壊れる可能性が多い。
よって、日本人は、「あえて言う必要のない反対意見」を言わないことを好む傾向があるのではないかと推測しました。

日本人はよく「グレーゾーン」が好きだと言われます。
それは、議論では「白黒をつける」ためにあると考えるからではないでしょうか。「白黒をつける」という意味は、勝つか負けるかを意味しており、そのために議論をするのだと考えがちです。ですから、あえて勝ち負けをハッキリさせたくないときは「グレー」を選ぶのです。生来は白黒をきっちりとつけるのを好むパーソナリティーだと私は考えます。いつもそのように正誤、つまり常に正解を求めるという暮らしぶり、それでは疲れますので、あえて必要のない時はグレーを選ぶのです。

それに関連して思うのが、日本の国語教育では「正解の文意をくみ取る」という訓練を受けます。
一方、アメリカの友人の書く短文のような詩のような文章は、日本人の感覚でいう「オチ」のようなものがなく、これで終わり?という終わり方をしていて、結局、私はその文のなかで何を言いたいのかを見つけられないという事が多々あるのです。
もし「答えのない議論、考え」をベースにしていると考えれば、それを読んだひと自身が自分の考えを発展させて行き、自分なりの考えをまとめる。読み手がそこから、何を感じたのか? それが重要であり、またそれが考える癖をつけさせ、自分の中に自分自身の考えを育てていくのだと思いました。

以上のような感覚を身につけないかぎり、罪悪感を感じずに、あるいは自分の心に嘘をつかずに、自分の意見を積極的に述べるというのはとてつもなく難しい事だと思います。「自分の意見や考え」を述べるという事、あるいは、「白黒をつけるために言っているのではない」という事、そういう思いを身の隅々に染み込ますというのは、今回の記事を読んでとても大事なことだと認識しました。それによって、反対意見を言う事は決して無礼なことや喧嘩ではないという考え方が出来きるようになり、牽いては、相手の反対意見をも冷静に受け入れられることが出来るようになる。

以上が今回の記事を読んで持つ事ができた私の新しい考えです。


【2010/09/30 12:06】 | 英語に関する雑記 | コメント(0) | page top↑| 編集
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