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日本語の能力なのか、英語の能力なのか、それが問題だ
最近ちょっと、英語のことでのやり取りで、疲れるなぁ~と感じた事があって、いささか愚痴のようにも聞こえそうなので、愚痴系統の話が苦手な人はスルーしてね。


ここ半月ほどのあいだに、日本人なのだけれど海外に長く住んでいて日常生活はほとんど英語という人たちとやりとりがありました。それのやり取りに何だか意見のすれ違いが立て続けに起きて、これって私の日本語がおかしいの?とか思ったりしたのですが、なんだか根本的に思考回路がちがうのかなと思うようになりました。

日本人だから解るだろうという私の甘えが多分にあるのかもしれない。
確かに、上の文にも敢えて使ってみた「スルーしてね」という言葉、最近は、読まなくていいからという意味で使われてるとおもう。
それを私が書いた文を読むのが面倒なら「スルーしてね」という意味使ったら、「そんなこと、どうでもいいじゃないか何たらかんたら」みたいな返事をもらってビックリ。英語ではスルーしてだと、目を通してねみたいに聞こえるらしい。
それとか、ちょっとした文法の間違い(意見の食い違い)を延々とやり取りしていて、日本語で書いてきてくれる返事が私の質問からずれていて、何だか随分強制的な押し付けの文章だったり。
どうしてこんなにずれてしまうのか不思議だ。

これが英語ネイティヴの人同士だと、お互いが納得いくまで意見を交わすのだろうか?
なんだかこんなことでエネルギーを使うのは面倒だなと思うのは、日本人的感覚なのかな。
下手に出て、「調べておきます」みたいなお茶を濁す返事は許されないのかしら。

ああ、とっても面倒!

一言も反論などしていないのに、どうして反論してるようにとられるんだろう??

そんな経験ってあります?

日本人同士でももちろん意見の食い違いとか、読み違いとかはあるから、一概に言えないのは解っているけれど、それを踏まえても最近立て続けけにあったので、彼らは日本語を流暢に話す日本人の顔をした外国人だ!と思うようになりました。
かえって、片言の英語で話しているほうが、相手を理解しようという気持ちがある分だけひょっとしらましなんじゃないだろうか。

ちょっと、疲れている私です。
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【2012/02/09 21:16】 | 自己紹介と学習履歴 | コメント(0) | page top↑| 編集
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